多文化共生社会は誰のため?

公開日:  最終更新日:2017/06/22

最近は多文化共生だの多文化共生社会だのよく意味が分からないキーワードが、マスコミでも、自治体でも掲げられるようになりました。
この言葉を聞くたびに、何のためなのか、どこのエリアなのか、よくわからなくなるのです。

総務省が発表している多文化共生の意味は「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的な違いを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」とされています。
簡単に言えば、地域に暮らす人が国籍や民族、文化、言葉などの「ちがい」を認め合って、支えあう関係を持って暮らしていきましょうということです。

これって意味があるんですか?
「文化的違いを認め合う」ことができるんですか?

例えば、この話が地域でなくて、地球ということであれば理解できます。
それぞれの国があり、独自の文化の上に成り立っています。
そのお互いの文化を尊重して、良いものは良い、悪いものは悪いという価値基準を大切にしていきましょう。というのなら理解できますよね。

食生活においても、日本では生魚を食べるが、生魚を食べない地域もある。虫を食べる地域もあれば、食べない地域もある。
そういうその国の食糧事情と必然性によって形成された文化を否定してはならないというのであれば理解できますよね。
それは当然です。

でも、最近言われている多文化共生の意味が全く理解できないんです。

地域に移民してきた外国の方がいたとして、その人が個人的に何を食べるだの、何が好きだとか、ということはいいんですが、それを周りに強要し始めたらそれはもう共生ではありません。
子供の学校給食にしても、「これは宗教上の理由で食べれないので私のために変えてくれ」は共生ではなく強制です。我儘です。
であれば、自分で作って子供に持たせるべきです。
自分でやれってことです。

何故かっていえば、互いの文化的な違いを認め合っていないからです。
そしてそれは来た方が合わせるべきなんです。
その国のもともとある伝統や文化を破壊することは、共生でも何でもありません。
結局「郷に入っては郷に従え」なんです。
出来なければ自分でやればいいのです。

当たり前ですが、日本国民は日本国や都道府県に税金を支払っています。
その税金を基にしてインフラは整備されています。
それを利用しながら生活するのですから、であれば、それは「日本を郷にして考える」というとです。

自分たちの独自の文化を取り入れろと公共機関に押し付けるのは、共生ではなく強制です。
そしてそれは税金や国民のお金を余計に使うことになっていきます。
そんな馬鹿な話はないのです。

アメリカにいったらもちろん消費税などは払いますが、国の制度に口出しをしませんよね。
フランスにいったらもちろん消費税などは払いますが、国の制度に口出しをしませんよね。
ブラジルにいったらもちろん消費税などは払いますが、国の制度に口出しをしませんよね。
ネパールにいったらもちろん消費税などは払いますが、国の制度に口出しをしませんよね。
何故なら、その国の文化を尊重しているからです。

今、日本で行われている多文化共生は、日本文化の破壊活動といってもいいでしょう。
日本文化を否定する活動です。一方的な破壊活動です。
それのどこに互いの文化的な違いを認め合うことがあるのでしょうか?

そして、多文化共生という言葉は誰が言っているのでしょうか?
そのことをよく考えて下さい。

多文化共生という言葉には、うがった見方かもしれませんが、「地球は俺のものだから、お前らは言うことを聞け」というエゴが見え隠れしています。
要は押し付けているんです。

それをマスコミや、国や自治体が当然のように、最先端の考えであるかのように飾り立てて伝えている。
それがさもいい考えであるかのように伝えているんです。

なんて愚かしいことなんでしょうか。

戦争や対立している国が多い中で、地域エリアにそんな考えを持ち込むことは、その国の文化に対する冒とくです。
民族問題が世界でこれだけこじれているのが何よりの証拠です。
だからこそ、郷に入っては郷に従う事が出来ないなら、その国にいるべきではない。
それだけのこと、とっても単純なんです。

一部利権を持っている人や利権を作ろうとしている人、そしてそれを利用しようとしている人、そんなものに騙されないでください。
こういう言葉を利用した偽善が横行しています。

国民をバカにして、国民はアホだからこの程度の言葉と雰囲気づくりさえしておけば騙せると考えているのでしょう。
だから、多文化共生を主張している政治家、ジャーナリスト、大学教授、弁護士などには注意してください。

地球規模の話であれば、すごくいいことだと思います。
小さいエリアで考える話ではありません。

決して新しい考えを入れることが悪いことだとは言っていないんです。
重要なのは「温故知新」の考え方です。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知るんです。
日本の良き伝統や文化は、日本人が守るしかないのですから。

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