最近、東大を商品化しすぎてない?であれば・・・

公開日:  最終更新日:2017/06/13

昨日、東大王ってクイズ番組やっていたけど、最近この手の番組が多くなってきたように感じます。
これって面白いんですかね?
クイズ番組自体が多いからそう感じるんですかね?

確かに日本の最高学府といわれているブランドではあるのだけれども、クイズ番組でそういうものがあってもいいとは思いますが、多すぎる気がします。
そしてほとんど出ている東大生が一緒ということも事実です。
頭がいいし、知識レベルも高いことは確かですけど、供給過多かなと思ってしまいます。

なぜか露骨に「学生を利用して大人が商売をしている」構図しか見えてこない。
お互いにメリットはあるのだろうし、見たい人がいるんだろうから仕方ないのかもしれません。

ただほとんどの問題が文系の問題・クイズしかないのです。
知識レベルは率直に「すごいな」と思いますが、例えば理系の問題とか、もっと絞ったテーマの問題でもいいのかもしれないとも思います。
視聴者が見ていて分かる問題が少ないのがネックなのかもしれませんけど、そういう問題の方が知識とか記憶だけでない醍醐味がある感じもしますし、見てみたい気もします。

そうすれば、こういう番組では一回も見たことのない東工大や東北大なんかも参加できますしね。
それこそ、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学、ケンブリッジ大学なんかと争っても面白いコンテンツが作れるような気がします。
チーム戦でもいいのですが、個人戦も楽しみですね。
それこそ世界レベルの学生の頭脳がしのぎを削る世界が垣間見える気もします。

数学オリンピックの延長線上にあるのかもしれませんが、こういうことがグローバル化とかなのではないのでしょうか?
制作費の問題が大きいとは思いますが、TV局が多文化共生だのグローバル化だの言っているクセに、こういうコンテンツはないのが現実です。

多文化共生については、地球上でいろんな文化があり、それを尊重しあって暮らしていくことであり、どこでもいろいろな人種が好き勝手に暮らしていくことをいっているのではないのです。それは既存の独自文化の破壊でしかない。
その国の文化を敬えないような人間は、その国には住むべきではないのです。(観光ならいいとは思います)
まさに「郷に入っては郷に従え」ってことです。

交通手段の発達により、比較的早く長距離を移動できるようになったため、他の国で暮らす必然性はどんどん薄れているように感じます。
余程の理由がない限り、認めるべきではないのです。
だから今マスコミがいっている多文化共生は時代遅れの考えといっていいでしょう。

文化が違えば、当然事件が起こります。
本当に難民問題を解決したいのであれば、その地域の近くに非戦闘地域を近隣エリアと協定して作り、国連軍が守った上で、経済活動ができるインフラ整備をするくらいのことをしないと何の解決にもなりません。
だって文化が違うのですから。考えやスタイルが違う人たちがお互いに自由に暮らせる文化なんてありません。
「郷に入っては郷に従え」という文化ができる民族なんて日本人以外ほとんどいないのです。
だから本来、国連とはこういう活動をすべきです。
当然、常任理事国がこれを適切な資金を出して運営するのが筋です。

なんかどんどん話が横道に逸れてしまいました。
話を戻しますと、東大生が出ているクイズ番組が多いのは、それはそれで理解はしますが、であるならば、せめてもっといろいろな角度から掘り下げたクイズ番組が見たいんです。
それは、理系を掘り下げてもいいし、地域を広げてもいい。
そうすることによって、また健全な競争意識が生まれ、社会的に役立つコンテンツに成長するかもしれない。
また、世界的にも優れたコンテンツになるかもしれない。
先進国だけではなく、中東の学生やアフリカの学生、南米の学生、いろいろな地域の学生がしのぎを削り、優れた考えを持つ人間が埋もれることなく、世界で活躍できる足がかりともなれるコンテンツになるのではないのでしょか。

そして、そのコンテンツを通してその人たちの文化に触れ、いろんな文化への理解が広がることにより、共生への道がどうあるべきかが理解されていくのではないのでしょうか。

希望と現実の狭間を埋めるためにこそ、東大生をコンテンツとして使う意味がるように感じてしまいます。

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